杉本博司 時間の終わり

anotherwork2005-10-10

一番感動的だったのは、海の風景シリーズだった。とくになんということもない海なんだけれど、見つめていると、とても懐かしい感じがした。何か遠い昔の記憶のどこかにしまわれていたものが、突然目の前に現れたような、そんな感じだ。

杉本博司はこの写真をとる前に、古代にあった富士山を撮ることができないか本気で考えていたらしい。その後、富士山の地表は古代にあったものとは程遠いことを知るに至り、時代とともに変化することのない<海>をテーマにするようになったという。

<海>というものを、僕はそんなふうに考えたことはなかった。だが、よく考えてみると、<海>は古代という時代と現代という時代をつなぎとめる絆のような存在かもしれない。

人類は、遠い太古の時代から綿々と進化してきた。そしてその一方で、知らず知らずのうちに自らの<起源>から遠く離れたところに来てしまった。自らのアイデンティティーを問いつめるとき感じるあの言いようのない<不安>は、そんなところから生じているのかもしれない。

杉本博司の世界中で撮り続けた海には、僕たち人類が失ってしまった<起源>がみごとに現れている。<海>を通して表現されているものは、遠い太古の時代と現代とを結びつける時間の絆であった。


展覧会を観終えて、僕は一枚のポストカードを買って帰った。遠い昔、どこかで見失いかけた人類の<起源>に再び出会えた感動を、胸にそっと秘めながら。